愛情不足で愛着障害になってしまった大人/「愛情が足りない」という思いはどこからきたのか

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小濱(おばま)
小濱(おばま)

人は本当に不思議です。

 

片親なのに、愛情不足や愛着障害にならない人もいれば、両親がいたのにも関わらず、愛情不足や愛着障害になる人もいます。

 

愛情不足による愛着障害

  • 子供時代、片親だった。
  • 鍵っ子で、家に帰ると誰もいなかった。
  • お母さんに、もっと大切にして欲しかった。
  • お父さんに、もっと遊んで欲しかった。
  • 児童養護施設で育ち、両親からの愛情を受けずに育った
  • 両親がいたけれど、放置子だった

などなど、この世の中には、たくさんの愛情不足で育ってしまった大人たちがいます。

 

ですが、この愛情不足という感覚は、どんなに豊かな家庭で育っていたとしても感じてしまう人がいるんですね。

逆に、片親でそんなに裕福な家庭環境で育ったわけではないけれど、愛情不足を感じてない人もいます。

では、愛情不足という感覚は、いったいどこからくるのでしょうか?

与えられるべき愛情の定義と、それを欲する心

私は、たくさんの方々のインナーチャイルドを癒やすお手伝いをして来ました。

その中で見えたことは、「もっとこうして欲しかった」という親への思いが、インナーチャイルドを作っていることがほとんどでした。

 

実は、この「思い」というのが、心の中の闇の部分から発せられた思いで、自分自身に対して暗示をかけてしまっているんですね。

「もっとこうして欲しかった」ということは、「普通の親だったら、こうしてくれるのに、自分は普恵まれていない。」という思いが根底にあるのです。

つまり、与えられるべき愛情の定義がすでにあるんですね。

そして、それを欲する心が強く出た時に、強い思いとなり、無意識で「周りの人間がこうしてくれなければ自分は一生満たされない」という暗示を自分自身にかけてしまうんです。

 

与えられるべき愛情を定義を植え付けたのは、いったい誰?

多分ですが、与えられるべき愛情の定義が、その人の中で確立されていなければ、それを強く欲するということは無かったと思います。

ですが、その定義がすでになされていたため、それを強く欲ししてしまい、与えられなかった場合は、「自分は愛情不足で育った」というインナーチャイルドが作られてしまいます。

 

では、与えられるべき愛情の定義を植え付けたのは、いったい誰なのでしょうか?

実はそれは、宗教だったり、国民性だったり、地域の風習だったり、さまざまな「これが当たり前」という概念のようなものから、自分自身が自然と吸収することで、その定義が自分の中に定着してしまうのです。

そして、それらの概念は、たくさんの人の思いによって作られて来ました。

 

人が作る概念とは

ご近所の目って気になりますよね。

特に、都会よりも、地方、田舎の方が、ご近所さんの目が気になるのではないでしょうか?

田舎では、風習や習わしみたいなものがあります。

それも一つの概念なのです。

その風習や習わしに沿って生活することができなかった場合は、その地域にうまく馴染めず、孤立してしまうこともあります。

 

ですが、都会(とくに東京)には、日本各地や世界中からさまざまな人が入ってくるため、一定の風習や習わしがありません。

そのため、「これが普通」という概念が、それほど強く反映されることはないため、孤立することもベタベタ仲良くすることも、どっちも無いんですね。

 

これと同じように、人が作った概念によって、「これは普通」「これは普通ではない」の定義さえ変わってきます。

レッテル貼りでも、人に大きな影響を及ぼす

ここで、子供が愛情不足や愛着障害に陥ってしまうカラクリを一つご紹介しましょう。

ある地域で、シングルマザーで子供を育てている家庭がありました。

その子供は、特に愛情不足を感じてはいませんでした。

ですが、ご近所さんが

あそこの家って、片親なんですって。

 

あら、離婚かしら。

そうらしいわよ。親が身勝手だと子供が可愛そうよね。

 

あの子供は、ろくに愛情も受けずに育つんだわ。

という会話をしていたとします。

じつは、これこそが決めつけ、レッテル貼りなんですね。

そして、このレッテル貼りは、心の根底に「そうであって欲しい」という思いも含まれています。

つまり、「そうであって欲しい」というエネルギーワークをおこなっているのです。

エネルギーの影響を受けた子供は、勘違いをし始める

そして、ご近所さんの「そうであって欲しい」というエネルギーは、子供に影響を与えます。

すると子供は、「あ、僕って他の家庭の子供より、愛情を受けていないんだ…」という出来事が頻繁に起こり、錯覚を起こし始めます。

本当は、愛情不足という感覚すら無かったのに、錯覚によって「自分は与えられるべき愛情をもらっていない!」という思いが沸々と湧き上がってくるのです。

 

もうお気づきだとは思いますが、レッテル貼りは、呪いのようなもの。

本来のその人を否定し、自分たちが作った概念の世界に住まわせるものなんですね。

愛情不足は錯覚

上で書いたのは、あくまでも一例です。

人は、周りから色んな概念を植え付けられたり、自分で概念を作り出したりしています。

その概念によって、色んな「これが普通」という定義のもと、判断したり思いを持ったりします。

 

愛情不足も、愛着障害も、誰かが作り出した概念。

しかも、それが人の心が軽くなる概念であれば良かったのですが、「愛情不足」という概念は人の心を闇に堕ちさせる概念です。

この愛情不足という錯覚を、どう捉え、どうその概念から抜け出すか?が、心が軽くなるヒントなのかもしれませんね^^

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