病気が現実化しないために/心と健康面は連動しているからこそ、身体の声に耳を傾ける心が大切

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小濱(おばま)
小濱(おばま)

僕は昔、自分の身体を虐待していました。

そういう心だったから、たくさん身体をいじめ、腰痛になりました。

ですが、今は自分の身体を大切にしています。

そういう心だからこそ、細胞の意識を読み取り、病気の実現化ができるだけ起きないように調節しています。

 

病気の実現化と心の関係

人生の中では、体調を崩してしまったり、病気になってしまうことがあると思います。

実は、病気の実現化にも、実現化するまでの流れ(病気の進行状況)があり、その流れの根源があります。

 

ですが、病気の実現化は「自分でどうにかできる部分」と、「自分ではどうにもできない部分」があります。

自分ではどうにもできない部分に対しては、仕方ありません。

ですが、自分でどうにかできる部分は、どうにかしたいですよね。

そのためにできることは、身体(細胞)の声を聞くことです。

 

細胞にも意識がある

実は、細胞にも意識があります。

意識があるというよりも、「自分が発した意識が細胞に蓄積している」と言った方がわかりやすいでしょうか。

 

心が何かを感じ、発せられた意識は、自分の無意識レベルに蓄積されます。

その蓄積場所は、身体の周りにあるオーラだけでなく、細胞レベルにも蓄積するのです。

それが、細胞の意識であり、細胞が発する声になります。

 

細胞の声を無視して病気になった例:腰痛

これは、僕の体験談です。

20代の頃は、細胞の意識と、表層意識がチグハグでした。

 

細胞は

  • 「仕事なんかしたくない…」
  • 「仕事が終わって疲れているのに筋トレなんかしたくない…」
  • 「自分を追い込むのはやめて!もっとリラックスしたい!」

という悲鳴をあげていました。

ですが、その頃の表層意識の僕は、

  • 「ミュージシャン活動するためにはお金が必要だ。お金稼がなきゃ!」
  • 「ミュージシャンはスタイルが大事!筋肉付けるために筋トレしなきゃ!」
  • 「もっとストイックにやらないと、自分を甘やかしちゃダメだ!」

と思っていました。

 

するとどうでしょう。

ある日、仕事が終わって筋トレをしている最中に、そんなに重くないダンベルを持った瞬間、腰に「ピキっ!」という痛みが走り、立てなくなりました。

初めてのギックリ腰です。

それから、その仕事をしている間、ずっと坐骨神経痛や、膝の痛みなどで悩まされました。

 

ですが、ある日、その仕事を辞めざるを得ない状況になりました。

辞めてからも、なかなか次の仕事が見つからず、6ヶ月間は無職の状態でした。

その6ヶ月間、仕事もせず毎日ゴロゴロしたり、ゆったり過ごしたせいか、腰痛が徐々に無くなってきました。

つまり、

  • 仕事もせず
  • 筋トレもせず
  • ゆったりと時間を過ごす

ということで、腰痛が治ったのです。

 

僕の細胞の意識たちは、ずっと自分を追い詰める僕の表層意識に対して我慢していたのですが、細胞たちは我慢の限界に達し、腰痛や膝の痛みに続けて、会社の退職への流れまでも作りあげたのかもしれません。

 

自分の身体を虐待する心

上記の頃の僕は、「自分の身体を大切にしよう」などとは思っていませんでした。

むしろ、「もっとやれるだろ?!もっと頑張れるだろ?!」とサディスティックに追い詰め続けていました。

「身体なんか、無理させてナンボだよ。」

僕は、自分の身体を虐待していたのかもしれません。

昔の僕は、そういう心の状態でした。

 

そういう心の状態だったから、腰痛になってしまいました。

僕の心の状態が、僕の病気を現実化したのです。

 

自分の身体を大切にする心がもしあれば、どうする?

腰痛になった当時の僕は、身体を虐待する心でした。

ですが、今は違います。

今は、身体を大切にする心を持っています。

 

心があるなら、その意識が生まれます。

意思があるから、言葉や行動にも現れます。

 

僕は、ある日を境に、「どうすれば身体がリラックスできるか?」を考え始めました。

ヨガを習ったりもしました。

スピリチュアルのスクールにも通い、見えないエネルギーレベルのことも学びました。

身体の健康で悩む人生ではなく、「悩みが存在しないくらいの快適な人生を送りたい」と思っていたから、そういう行動を起こしました。

 

そして現在は、身体の細胞レベルの意識を感じ取れるようになりました。

細胞レベルの意識を感じ取れるようになると、どこが無理しているのか?がわかるようになります。

だから、できる限り病気が実現化しないように、身体を大切にしようと思っています。

 

自分ではどうしようも無い病気もある

僕は、病気の実現化に対して、自分で事前に察知して、回避できるところは回避しています。

ですが、自分ではどうしようも病気の実現化の場合もあります。

 

年齢を重ねてしまうことは、自分ではどうしようもないことです。

肌も、筋肉も、細胞も劣化して行きます。

その中で、肌にはシミやイボもできますし、激しい運動をしてしまうと、関節が痛くなったりします。

もしかしたら、虫歯もできるかもしれません。(今現在はありません)

 

なので、「自分ではどうにもできない病気の実現化がある」ということも理解し、心のどこかにその覚悟というか、余裕みたいなものを作っておくことも必要です。

心の状態としては、

「自分でどうにかできる部分はどうにかしよう。だけど、どうにもできないこともあるから、もしそうなってしまったらそれを受け入れよう。」

という身体を大切にする心と、何が起きても慌てない余裕を持つ心が大切なのかもしれません。

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