思い描いた通りの願いが叶うのは本当の幸せではない/思い描いた以上の幸せに気づくことが大切

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小濱(おばま)
小濱(おばま)

人生を歩んでいると、思い通りにいかないことばかりで「なんて自分は運が無いんだろう…」と感じてしまうことって、ありますよね。

ですが、思い通りにいかないのは、願望や理想が強すぎるため、現実化までの流れが見えないことが原因の一つだと言えます。

現実化までの流れが見えるようになると、その流れに乗るだけで現実化する可能性はすごく高くなります。

あとは、その流れの中で、自分が小さな幸せを見つけていけるかどうかなのかもしれません。

 

本当の幸せがあることに気づく

昨日、ハルさんが動画を公開されました↓

願望と本来の光の流れ✨
haruさんが新しく動画を投稿されました↓

その動画を見て、僕も同じようなことを感じたので書いてみたいと思います。

 

願望は、あくまでも自分の思い込みの中

人には、願望があります。

  • あの子と付き合えたらいいな
  • あんな人と結婚したい
  • あの大学に合格したい
  • 理想の出世街道を進みたい
  • 誰もがうらやましがる生活をしてみたい

などなど。

ですが、それらは全部、自分の中の理想

小さい頃から、「こういうのが良いんだよ」と外側から植え付けられたものかもしれませんし、誰かを見て「あの人が羨ましいな…自分もああなりたいな」と、自分自身で幸せのラインを作ってしまったのかもしれません。

思い込みが外れると、願望以上の幸せが来る

もし、「あの子と付き合えたらいいな…」が叶ったとしましょう。

願望としては、そこで叶ってしまったのですが、それ以上の幸せはありません。

 

でも、よくある話は、「あの子と付き合いたい」と思っていたけど、なんとなくの流れで別の異性とお付き合いすることになり、以外と幸せを感じることが出来ているという話。

実は、この幸せは、願望が叶っていたら感じることができなかった幸せなんですね。

「でも、あの子と付き合っていた方が、もっと幸せを感じていたかもしれない…」

と思ってしまう人もいるかと思います。

 

ですが、「もっともっと」と自分の幸せ枠に固執してしまうと、目の前にある本当の幸せ(自分の枠の外にある幸せ)を感じることができなくなってしまうんです。

 

願いを叶えようとするのではなく、流れに乗る方が実現化しやすい

ハルさんが言われていた、願望とは違う「目に見えない流れ」というものがあります。

「流れ」というのは、現実化までの流れのことで、無意識下で自然と現実化に向けて動いているようなものです。

 

実は、この目に見えない流れを無視して、自分の願望ばかりを思っていても、その願望は叶いません。

そして願望が叶わないことで思ってしまう事は「自分はなんて運が無いんだろう…」ということ。

だから、まずは「今、どのような流れがあり、どんなことが現実化する可能性が高くなっているのか」を見て行くことが必要なんですね。

そうすると、現実化しやすいということは、その流れに乗ってしまえば、あとは自動的に現実化するんです。

つまり、その流れの中に幸せを見いだせれば、その幸せは現実化しやすい状態となります。

 

欲にまみれている状態では、流れなんて見えない

ここで一番お伝えしたいのは、自分の欲のことばかりに目が行っている人は、それだけを叶えようとしているため、その理想像が思い込みのようになってしまっています。

そうなると、どうなってしまうか?というと、全部自分の都合が良いように見えてしまい、自分の都合が良いように物事を解釈してしまうのです。

 

あるあるな話なのですが、成人して社会に出た自分の子供に対して親が思うことで「いつかは、あの子に実家の近くに帰って来て欲しい」という親の願望があるとします。

そうすると、「自分の子供の心の状態は、親である自分から離れた方が健康でいられる」という流れが見えなくなるのです。

むしろ、「親といる我が子の心が不健康になるのは、本人が弱いせい。本人の考え方が変われば済む話だ」という自分の都合の良い解釈をしてしまいがちなんですね。

 

そのように、世の中には、自分の願望で目がくらんでしまい、人の心の状態や、現実化までの流れが見えなくなってしまってしまう人が多くいるんですね。

 

思ったとおりにならなくても、その中に落ちている小さな幸せを見つけてみよう

人生、表層意識の思ったとおりにならないことばかりです。

先日も書いたのですが、人生を楽しむには、与えられた素材(現実化までの流れ)をどう調理するかが大切です。

人生を楽しむ方法/苦手な素材、ありきたりな素材を、いかにアレンジして美味しくするか
小濱(おばま) 人生を楽しむことが出来ないと、いつまで経っても不幸な人生を歩むしかありません。 ですが、自分自身で人生の楽しみ方を見つけられると、毎日遊んで過ごしている感覚になれます。 「人生は遊び...

 

与えられた素材を、「こんなの望んでない!誰かもっと美味しく調理して!」と言ったとして、それを調理してくれる人が現れたとしても、自分好みの料理になる保証なんてありません。

あくまでも、調理する側が「これをこうしてみよう」という感性で調理するためです。

 

感性が違えば、幸せの感じ方も違います。

例え親兄弟だとしても、誰一人として同じ感性の人なんていません。

だからこそ、流れも一人ひとり違うのです。

 

自分の人生の幸せを誰かに委ねるのではなく、見えなかった幸せを自分で見つけられるといいですね。

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